図々しい人、と言われた。
気が利かない嫁だ、と言われた。
性格が悪い、と言われた。傷つきますよね。
けれど、傷つく「深さ」は人によって違います。割と明るくへこまない人とポッキリと心が折れる人は、どこが違うのでしょうか。
「人の評価=私」ではないことに気づこう
実は以前、ちょっと苦手なスポーツ選手がいたのです。
その人は、着飾ることや派手で目立つことに大金を注ぎ込むタイプ。
選手としては一流なのでしょうが、発言にも思慮深いような印象はありません。
お金の力に浮かれ、表面的なことしか見えていない感じが苦手でした。
ある日のテレビ番組にその人が登場しました。(選手としては引退され、監督として活躍されています)
私はその番組で、初めてその人の考え方や人柄を知ることになったのです。
プロになった時の初任給で、アマチュアが持つよりも安いグローブを買い、引退まで使い続けたこと。
いかなるプレーも道具のせいにはしたくなかったこと。
メンテナンスを怠らず道具を大切にし続けたこと。
有名になっても周囲の人を大切にしたこと。
人を喜ばすことに使うのならお金は惜しくないこと…。
私はその日から、その人が好きになりました。
私の彼への評価は、苦手から好きに大逆転したのです。
それは、彼が変わったからでしょうか?
いや、違います。彼はずっと彼のままでした。
同じような体験が、きっとどなたにもあるはずです。
人は自分が知っている範囲の情報だけで他人を評価します。
うわさ話、誤解、偏った見方、決めつけ等によっても左右されます。ある意味とても勝手なものなのです。(それは良い評価に対しても同じです)
人の評価とあなたはイコールではありません。
まずはそのことを知りましょう。
→「人の評価=私」ではないことに気づこう
自分の評価を他人に任せない
他人からの悪評をスルーできる力には、弊害もあります。
それはあなたの成長の機会を奪うことです。
人からの評価を真摯に受け止め改善すべき時に、そこから目を逸らして逃げることもできてしまうからです。
独りよがりで無反省な大人の出来上がりです。
では、その弊害を避けるにはどうしたら良いでしょうか?
それは自分で自分を評価し続けることです。
評価とは人と比べる事ではありません。
適正な状態であるか、過去の自分より向上しているかを自問し続けるのです。
そのためには、どんな自分になりたいかをはっきりさせておくと良いと思います。
例えば…
- 自分から挨拶をする
- 悪口を言わない
- 人のうわさをそのまま信じない
- 清潔感を大事にする
- 愚痴を言わない
- 何に対しても「嫌い」という言葉を使わない
- 親切は惜しみなく
- お礼を忘れない
…等々。
今日はどれくらいできたか?
昨日より、ひと月前より、1年前の私より素敵になっているか?問い続けること。
自分自身が胸を張れるように今日1日を頑張りましょう。
少しでも努力できたら、きっとそれは自信になります。
ディスられても心が折れない人は、その努力を実践しています。
そして自分自身に対する信用を、1つずつ積み上げています。
比べるのなら、昨日までの自分と。決して他者と比べないことです。そのかわり、自分自身の評価ですからごまかしは効きません。
「悪口を言われて傷ついた」と落ち込むだけならば努力は必要ありません。
でもあなたは、たった今からどちらの道も選ぶことができるのです。
さて、どっちの道を選びますか?
コメント